明日また会えるように、明日また笑えるように。
 それが彼女の望んだことで、誰もが信じたことで、また願ってなどいないことだった。皆あの綺麗な笑顔に惹かれるように、たった一人だって彼女の無理した笑みを目の当たりにしたくはないと思っている。瞳の縁に涙を溜める表情よりもずっと辛そうで、なにより隠し切れていない心に溜め込んだ苦難を垣間見せるから。
 嘘が下手な人であった。それなら嘯くのをやめたらいいのに、懲りずに隠そうとする。その奥に、本当に知られたくない真実を覗かせないよう、わざと見せ付けているような気がなんとなく、ウィルには感じられた。そんな器用な人間ではないと、自身が一番理解しているはずなのだが。
 それさえも嘘であったらどうにもならないと、卑屈な考えをひねり出して嘆息する。答えはずっと昔に出ているとはいえ、簡単に納得できるものでもない。なんといっても、全体的に予想を超える行動で皆を魅了し、時には無茶して怒られる人であったから。

「じゃ、まかせた」

 今日の食事の後片付けに任命されたのはなぜだかウィルで、一人、また一人と食堂を退出する姿を見ては小さく息をつく。
 あの時は高く感じた(けれども頑なに踏み台を使わなかったのは子どもじみた意地の所為だった)調理台も今では充分見渡せるくらいに身長が伸び、ついでにどこにどの食器があるのかをも把握してしまうくらい、この海賊船に慣れ親しんでいた。

「にいちゃーん、先生が甲板に出たいっていうから止めてくれー」

 すでにほとんどの食器や調理道具をしまい終わった頃、すっかり大人になったスバルの声が廊下から響いた。宿屋の女の子から頂いた日持ちする料理を精進料理の代わりに食しているはずの、彼らの、そしてウィルの先生は、確か雨の中迷子になった子どものお母さんを探し回って風邪を引いてぶっ倒れたような記憶があるのだが気のせいだろうか。

「わかったーそっち行くまでおさえといてもらえるかーい」

 りょうかーい、と声が返ってくるのと確認してから最後にしまおうとしていた食器をひとまず置いたままに、食料庫からナウバの実を数本取り出す。とりあえず餌付けから始めて、無理だったらセイレーヌに力を貸してもらおう。
 算段を練りつつ「うわ先生部屋から出ちゃだめだって」「先生さん外は風がとおっても気持ちいいですよー」「マルルゥ何勧めてるのー!」とか色々聞こえてくる叫び声が、これからの航路の確認をしているはずの海賊達の迷惑に繋がらないことを軽く祈った。




(何年たっても先生は先生でウィルはウィル)





[2012/08/25 - 再録]