「こんにちはですよお」

 ライは何度か聴いた記憶のある言葉遣いに律儀な反応を示し、シャッターが半開きの入り口に眼をやった。
 母とは物腰も大きさも違う花の妖精は間延びした声を発しながら、彼女にしてみれば酷く大きな荷物を抱えつつ、空中を頼りない動きで舞い飛び、弱々しい軌跡を描いていた。
 若葉色の髪が妖精の動きに翻弄され、ひいては妖精の顔に叩きつけられ、その度に奇妙な声を発している。
 放っておくと間違いなく墜落するとライは危惧し、慌てて駆け寄り下から小さな体を両手ですくった。

「たっ、助かりましたよお」

 ライの手に収まったマルルゥというらしい妖精は脱力した。それでも手にかかる重さはキャベツよりずっと軽い。
 わー、手にまめが出来てますねえとすでに自分が床に叩きつけられそうになった事実を忘れ、ぺちぺち面白がって叩く妖精を見て、普通の妖精はこういうずれた感覚をしているのかと少し疑う。

「で、一人でどうしたんだ? また迷子になって戻れないとかは勘弁」
「むむ、違いますよお! 今日は前に助けてもらったお礼に、これを持ってきたのですっ!」

 ルシャナの花です!となぜか自慢げにライの手にマルルゥと一緒に乗っているそれを持ち上げ、改めてライに渡そうとする。
 そうされてもいかんせん両手が塞がっていて、すでに手の上にある花を顔面めがけて上げられても正直困るだけだった。

「マルルゥはこの花から生まれたのですよ!」

 茎を支え、早くもよろけたマルルゥはしょうがなく、ライの手にそっと置いて自身は宙に浮かぶ。重い荷を携えていないからか、優雅に飛び回る様は小鳥のようでもある。

「わざわざこれを届けに?」
「もちろんです! 助けてくれた人には感謝の心を忘れちゃいけないって、先生さんがいつもいってますよお」

 その花は薄い青色だった。半透明の花弁は控えめな印象を覗かせて、それでも充分眼に残る色合いがどこかの誰かを連想させる。
 そういえば彼女達から先生と呼ばれる赤い髪の女性が、この花とよく似た形の髪飾りを持っていたなとつい最近の出来事を思い出す。竜の吐息から町を救ってくれた先生は、深い翠の、もう一人の先生と亜人や海賊に似た一味と共に、今は隠れ里に招待されている。
 帰還の際には一度町に寄ってくれるそうだから、その時にマルルゥたちの言っていた島のことを聞けることが楽しみだった。きっととても素晴らしい場所なのだろう。召喚獣と人間が混在する所らしいから。

「そっか、ありがとな」
「ライ、お客様?」
「お、エニシア。丁度いいや、こっちこっち」

 ひょっこり廊下から顔を出したエニシアを手招きする。
 問いかけをそっちのけにされ、どうしたものやらと少し視線を泳がせてからやってくるエニシアに、ライは手に置かれた花を桃色の髪に当てる。
 髪形を崩さず頭部に突き刺さないよう注意しながら髪の間をくぐらせ、ぐらつかないのを確認してから一歩下がって確認する。

「うん、似合うよな!」

 自分に美的感覚は料理の盛り付けにしか発揮されない事を充分承知しているライは、それでも満足そうに頷いて見せた。横でふわふわ浮いている妖精も「きれいですねえ」とエニシアの周囲をぐるぐる巡る。

「これは?」
「今マルルゥがくれた。オレが持っててももったいないし、そんならエニシアが貰ってくれれば花を浮かばれるんじゃないかとおもって」

 自分で言っといてずいぶんマルルゥに悪い態度をとったんじゃないかと不安に思ったが、「お花さんも喜んでますよお」とまったく気にしたふうのない妖精を見て安堵する。
 吐いた息とほぼ同時に今なんだか恥ずかしい事を言ったのではないかとも遅く思い至ったが、それはもう後の祭なので気にしないように努めた。
 けれどもそれは、ほんのり赤に染まった頬を隠すように若干俯くエニシアがたった一言小さく感謝の言葉を示しただけで無理だと確信した。これは反則だ。
 上昇する熱が行き場を失くし顔に表れていく感覚を覚える。冷めていくまで、呑気に似合ってますよおとエニシアに向けて感想を述べる妖精に、どうか何も指摘されず事なきを得るようにと、ライは祈った。








(天然のようなタラシのような)
[2012/08/25 - 再録]