ゆるゆるとあげた視界いっぱいに映ったのは、夕焼け色(めらめら燃え盛る炎じゃなくて、愁いを帯びた一瞬だけのいろ)の髪が風に攫われていく場面だった。
 ふらりふらりとたなびくそれが、よく所有者を表していると言っていたのは、一体誰だったであろう。
 コレットには、その地に付いた足が動く事を拒んでいるように思えてならなかったけれど、皆はからりと笑ったり呆れたりと同意を示していたので、当惑とともに飲み込んだままにしていた考察がふわりと浮上する。
 座り込んだ地面としばしの別れを告げて、適当に衣服に付いた草や土を払っていたら、「コレットちゃんじゃないのー」と先手を取られた。
 特に驚いた風もなく、自然ににやりと笑みを貼り付けている。立ち振る舞いは飄々としていたが、瞳に込められた色は海の底よりずっと深い。

「ゼロス、偶然だね」

 偶然なんかじゃない。心の中で誰かが呟く。けれど、少なくとも表面上はコレットにとって偶然だ。ゼロスだって、コレットが何も言わなかったら奇遇だねえとか調子の良い声で言ってくれたに違いない。

「そうだなー、いや、これは神様が定めた運命ってやつかなー? どう、これから二人で楽しいティータイムってのは」

 一生そこに残り続ける訳ではないからこそ唇からするすると滑り出す音に、コレットは苦笑に近い微笑みを浮かべていたら、「運命ってすごいんだねえ」と的から大幅にずれた気がする事を述べていた。そうやって逃げることに、自身も彼も慣れすぎてしまっていた。





[2012/08/25 - 再録]








「私、独りじゃなかったんだって思ったんだよ」

 無言の拘束を受けながらも毅然とした立ち振る舞い(意に介さないという表現の方が適切かもしれない)で執り成す背中を、焦点を狂わせた瞳で見つめる。神子の仮面を被っている時の自分と金色が重なった気がして僅かに心臓が跳ねた。
 自身が反応を返す前に五聖刃の長が一瞥をくれたがそれだけだった。彼女が器だという事実は、それだけで粗末に扱えない対象に激変する。どことなく苛つきを含み始めたヒールの床を殴る音が滑稽でたまらなくて引き笑いが口から漏れてしまい、「神子」と簡易な咎めを受ける。揺れていた肩をすくませつつ、同じ身分でも異なる諌めに虫唾が走った。

「そう思うのは勝手だけど、やっぱり俺様は独りだぜ?」
「それなら、私も同じ独りだね」

 間髪をいれずに戻ってきた声が寂しそうで楽しそうだったので、思わず表情という表情を内側に引っ込めた。故意に作られた似たもの同志は、どうやら正真正銘の表裏だったらしかった。





[2012/08/25 - 再録]








 ごめんな。
 離れ際に耳元で囁かれた声がいつまでも鼓膜に張り付いて残る。余韻なんて綺麗な言葉じゃない。まるで呪いだ。一生消えない、いっそ嘘だったらと喉を掻き切りたくなるような。




 集まった皆がゆっくりと階を下りていく。ゆらゆら揺れる黒とか銀とか鳶とか、見慣れた息吹を全部ひっくるめて視界に入れてみる。
 もしかしたらひょっこり現れるかもしれないと期待した、綺麗に色付く彩はなかった。視線が不審にふよふよと浮かんでいく。

 止まる小枝を探している小鳥はこんな気持ちなのだろうかと、白を上乗せされた頭でなんとなく思った。
 休みたくても足を付けられる場所がない、羽ばたくごとに悲鳴を上げる翼が今にも折れてしまいそうだと訴え続ける。けれど地上はこんなにも危機に埋め尽くされているのに、どうして下りることができようかと自身を納得させながら飛び続けて。
 どうしようもなく苦痛で泣きそうで死に物狂いで、でもどこかで確かに希望を見出したいと奮い立ち、いつまでも、いつまでも。それと、なんら変わらないような気がした。




 ごめんな。
 胸元に植えつけられたキセキが疼く。謝るくらいならどうかもう一度、嘘みたいに口元を歪める皮肉の混じった笑顔を見せてくれれば良かったのに。それならなにか中途半端なものが割り切れて、整備された仲間とか神子という名の道が繋がるだけに留まれたのかもしれないのに。
 なのに、あんな悲しいって感情を置き去りにしたような瞳を指してくるなんて。
 本当は、あなたも生きていて良かった、って言ってあげたかったよ。もう時間切れだよとばかりに「生きて欲しかった」とすら言わせてくれないなんて、ずるい。
 ねえ、あなたにも生きていて欲しかったって言ったら、あなたは笑うのかな。




(幼馴染達とは違った依存)





[2012/08/25 - 再録]