喧嘩しても憎まれ口を叩いても八つ当たりをしても、怒りはしたけどすぐに笑いかけてくれる自慢の友達には満面の笑みが似合う。世界一つ分の重荷を押し付けられてもそれで自分の命を差し出さなくてはならなくても、途方もなく優しくて人も犬も大好きな友達にはほわほわとはにかむような笑みが一番だ。
 種族にも年齢にも隔てを作らない二人を守るためなら、こんなにちっぽけで支えられてばっかりの僕も、全てをつぎ込める気がした。




 優しい罵声を飛ばし踵を返した友人の背中は、様々なものを負いながらも懸命に取り落とさないよう抱え込んでいた。自分なら確実に押し潰れてしまうだろう、仲間の想いと救出の義務感と葛藤をぐしゃぐしゃにまぜたそれに自分の分も乗せてしまった事を申し訳なく感じる。それにしても。

「馬鹿って、なんだよー……」

 最後の最後、友人に残す言葉がそれか。震える足の揺れが上に這い上がって喉をがたつかせたが、それに気づいてくれる人はいない。迫り来る障壁が空気を圧縮させていく感覚に、どうしようもなく背筋が凍った。
 膝を付いていた姿勢からゆるゆる座り込み、天井を仰ぐ。命を感じさせない無機質が広がるだけで網膜に焼きついた、今までに見たことのないくらい辛そうな悲しそうな悔しそうな、苦しそうな表情が余計に浮かび上がる。そんなに心を痛めてくれたことに不謹慎ながら少し胸が軽くなったけれど、できれば、そんな顔してほしくはなかった。
 先程までずっと一緒に残される側だったのに心臓が死にそうなくらい締め付けられたのに、それでもやっぱり自分を救ってくれた時のように、綺麗な笑顔でコレットを助けに行ってくれたらと願ってしまうことは傲慢だろうか。あるいは、彼は決してそのような振る舞いを取ることはないと分かりきっているからこその余裕に似た願望かもしれない。つくづく卑怯だ。
 みんな、こんな気持ちで彼の背中を見届けていたのだろうか。大切な人を助けるために大切な人を犠牲にする事を屁理屈で正当化して、希望を繋ぐように糸のほつれ眼を大事に大事に抱え込んで、これが決して愚かな行為ではなく未来への軌跡だと言い張ったのだろうか。
 思えばみんな綺麗な強がりを見せていた。格好悪いのは僕だけか、とジーニアスはからからに乾いた自嘲を薄く顔に張り付かせた。

「一緒に行けなくて、本当にごめんね」

 ゆらりゆらりと近寄ってくる死の気配に負けないように、独り言をぽつりと呟く。一緒くたに溢れ出しそうになる視界の妨げを最期まで抑えることができるのか不安になって、たまらなく情けなくなった。

「あーあ、ロイドに一生恨まれるのかなあ」

 天井がじわじわと薄い青と緑の入り混じった壁に狭められるさまをじっと見つめる。あと少し。目測で胸中カウントダウンを取り始め「5」と呟いた瞬間、すう、と壁が四散して心臓が飛び出しそうになった。

「そこでへたりこんでるままなら、墓の前で怒られはするだろうなー」

 飄々とした軽いことこの上なく緊張感を嘲笑うような声が鼓膜を殴り、思わず肩を揺らす。まさか、そんな。振り返るとめんどくさそうに頭を掻いて歩み寄ってくる紅がいた。
 なんで僕らを裏切ったのにどうしてここにいるのもしかして助けて、くれたの。
 頭の中のほとんどが真っ白に埋め尽くされて思考を巡らせる場所が足りない。ぐるぐる同じような事を考えて、紅のもう一人の神子の後ろからぞろぞろやってくる仲間達をぼんやりと視界に入れて、心の底から安心してしまって立ち上がれなくなって、「ジーニアスっ」と叫んだ姉に抱きしめられて、やっと今ここに足付いて生きているんだと思った。

「まー、がきんちょにしては頑張ったんじゃねーの?」

 喉元が苦しい。鼻がつんとする。頭が少し痛い。目が、熱い。
 みんながみんな恐怖にまみれたジーニアスの体を引き上げ、暖かく包み込むような短い言葉をかけてくれる。その時のみんなの顔が等しく「大丈夫?」と聞きたそうな顔をしていた所為で、頬を濡らす数本の道筋に気づいてしまった。








[2012/08/25 - 再録]