濡れた衣服が肌に張り付き、じわりじわりと体温を咀嚼する。何がそんなに美味しいのだろうか、飽きないでコレットから奪い取られていく温もりに、さよならを告げる暇さえ与えられない。ただ淡々となくなっていく。放っておけばそのうち根こそぎ喰い尽され、冷たい人形になってしまうような気がして、余計に背筋が冷え込んだ。

「ちょ、大丈夫か?」

 まだ声変わりを迎えていない少年特有のわりと高い声が鼓膜を撫で、コレットは焦点の定め切れなかった視線を銀色と鳶色に引っ掛けた。コレットを中心とした波紋が少年達の足に当たり更に砕け、連鎖するように二人の駆け寄る歩調と合わせて水面が揺れる。うっすらと浮かぶ自分たちがぐらぐら歪み、近づいてくる彼らがひどく遠くにいるように思えて胸の奥がざわりと波打った。

「えへへ、やっちゃった」

 上手く笑えなかったのだろうか。二人揃って少し悲しそうに顔を歪めていた。

「コレット、早くあがって。体冷えちゃうよ」

 銀髪を横に長く垂らした少年が優しい催促をいれつつコレットの左手を取り、鳶色の瞳を不安げにうつろわせた少年が「ほら」と右手を握った。両手に繋がれた個々の手からゆるゆると温かいものがコレットの中に滲んでいく。みんな水遊びをして冷たくなっているはずなのに、コレットが一番氷に近い。慄きが体のどこかから湧き上がり、慌てて両手を振り払った。目を瞬いた二人が同時に首を傾げ、コレット、と顔を覗き込んできたので視線を逃がす隙間は押しつぶされてしまった。

「だって、私冷たいから」

 二人の顔を行き来しつつ、すぐに空気に解けるように声を抑えながらも呟きを落とす。二人から奪い取っていいものなんて一つもないことを、コレットはその身をもってよく知っている。世界でただ一人の天使の子は常に与える側で毅然と立ち振るまい、微笑まなければならないのだ。

(不安を煽る存在であってはならない。拭い取らなければ、私は)

「なんだ、そんなこと」
「僕もロイドも、気にしないのに」

 ほんの少しの呆れを感じさせる声色で呟いた二人は、もしかしたら氷よりも冷たいかもしれないコレットの手を取り直し、半ば無理やり立たせる形で引き上げられた。冷えた所為で麻痺しつつある神経が必死に元の機能を思い起こし、おぼつかない足取りながらも無事に立つ動作を完遂する。

「おっし、早く帰るぞー!」
「ちょっと、そんな速く走ったら……!」

 銀色の少年がいい終わる前に、たらふく水を吸い込んだ衣服に動作を制限されつんのめり、体がぐらりと傾く。重力に逆らえるものはなにもないのはコレットも少年達も共通の真実で、みんな一緒に倒れこんだ。

「ロイドの馬鹿。ちょっとは考えなよね!」
「なんだよ、おまえがもっと早く言ってくれれば良かっただろっ!」
「無茶言わないでよっ」

 コレットを挟んで両側から言葉の戯れが投げ交わされる。止めた方がいいのかなと一瞬思うも二人が笑いながら言い合うのが可笑しくてたまらなくて、結局なにも言わないことにする。雑草の薄いクッションと湿った土に埋もれて否応なしに肌寒さが背中に被さったけれど、両手から溢れるそれと同じくらいどこか温かくてくすぐったかった。








(いつか鳥籠から空へと飛び立てるのでしょうか。そんな夢を抱いても、許してくれますか)
[2012/08/25 - 再録]