一面にマジックミラーを隔てているような気分だった。声も表情も想いも届かない。そこに沢山のことを諦めた瞬間の自分だけが切り離されて佇んで、後悔や酷い安堵に漬け込まれた今のコレットは外からでは見つけられない。内側に一人きりで閉じこもった自分自身にしか存在を認めてもらえない。
 いつしか思い知った孤独がぶり返し、自分を飲み込もうと大きな口をあんぐり開けて、コレットが耐え切れなくなって迷い込むのを心待ちにしている。

「ごめんな」

 籠の外側でロイドが呟くのを、人形や機械とさして変わらない抜け殻を通してコレットの元に伝う。鳶色の瞳の下で食いしばった唇にうっすらと濃い紅が侵食していくけれど、ロイドはそのことに気づかず眼を伏せるばかり。
 拭ってあげようと慌てて手を伸ばそうとして、結局掌は鎮座したままで終わった。どうやって手を動かせばいいのか分からない。手だけじゃない、足も首もなにもかもが自動的に行動をなすだけで、自発的に何かをすることができない。神経がコレットとは別の次元に飛んでしまったように何も感じられず、輝石から伸びる紋ががんじがらめにコレットを縛り上げて外から隔離しているようだった。

「ロイド、血。姉さんのところに行ってきなよ」

 ジーニアスに指摘されてロイドはぼんやりと口元に手を当てて「ああ」と呟き僅かに顔をしかめた。反射的に肩をすくめて謝る体勢に心が動いたが、肩は微動だにせず唇は真一文字に閉ざされたまま。どうしようもなく泣きたくなったけれど、硝子玉よりも安っぽくて鏡よりうすっぺらいくせになにも透かしださない淀んだ瞳は適当に周囲の風景とロイドの背中と見送るジーニアスの掌の揺れを捉えるだけに留まった。

「ねえ、コレット」

 ゆるゆると手を下ろしながら、ジーニアスがこちらに向き直りながら声を投げた。笑っても怒ってもいないかすかに揺れるなにかを抱え込むような表情がひどく印象的で、自身の視線が彼を中心に置くよう調整したのに戸惑う。

「声、聞こえてるんでしょ。ロイドの声も僕の声も、姉さんやしいな、みんなの声、ちゃんと聞いていてくれてるんだよね。でも返事はできなくて、それで自分を責めてるんじゃないの」

 胸に刺さっていた棘を引っ張られた気分だった。ぴんと張り詰めた痛みが疼く反面、異物が取り除かれていく開放感が隣で優しく見つめてくれているみたいで身じろぎしたくなる。喉元に溜まった謝罪が誰宛の謝罪なのか一瞬分からなくなった。

「無理しなくていいんだよ。コレットを苦しめたくて話してるんじゃないんだ。ただ聴いてほしいだけ。だから、面倒くさがらないで聴いてよね」

 風が駆け巡るのが、銀と金の髪房と視界の端で木の葉を揺らす木々で分かる。背筋を這い上がる喩え難い不安が、当惑しながら少しずつ雫へと浄化されていく。どうしてだろう。まだ、人として生きていけるような気がした。








励まし合って生きていくことは、決して悪いことじゃないんだ。
[2012/08/25 - 再録]