イメージはどこかに残っている。押し寄せる波にもまれたのちに現れる紋のように、淡くすぐに崩れてしまうようなものだけれど、確かにあるのだ。それは間違いない。

「それじゃ、なんで描けないのさ」

 ぐっと詰まってしまったのは、少年の方が圧倒的に合理的な思考を巡らせることに長けている故の呆れ声を含ませた正論が、少なからず自身にも疑念を持たせたためだ。短い科白を何度も乱暴に咀嚼して頭をぐしゃぐしゃに引っ掻き回してうだうだのた打ち回って、苦しいながらも捕まえた答えにきっとこいつは同意しないよなあと心中吐息を洩らすと共に「知るもんか」とだけ吐き捨てた。
 両手を広げて大の字になる。二人でわいわい騒ぐには面積の狭いベッドだったので、必然的に端へ寄せられたジーニアスが文句を口走ったが、かなりぞんざいでわりとどうでもよさそうだった。

「とにかく、もうすぐコレットの誕生日なんだよ?  どうすんの」
「んー……」

 ぼんやりと人差し指でくるくると虚空になんとなく浮かんだ文様をなぞり、これじゃないと首を振る。中途半端に上がった腕をゆるゆる下ろす。崩れ落ちていく昼さがりの光が僅かに差し込み部屋を満たし、ロイドとジーニアスの顔に緩く降り注ぐ。意識が薄い膜に包まれる。あたたかい。

「まあ、なんとかなるだろ」
「またそんな、根拠ないこといって」

 本当になんとかなると思ったのに。思っただけなのでわざわざ主張することはなかったけれど、強制的にロイドの右手を折りたたんでその空間によじ登ってきたジーニアスが軽く吐息したので、つい脇に寄せられた右手を勢いよく先程の位置に戻してしまった。「うぎゃあ」と短い悲鳴が飛んで、けれどもそれ以上の抵抗は意味をなさないと判断したのか、ジーニアスは緩慢な身じろぎをしただけでうつぶせに埋もれていく。

「あー眠ー」

 顔全体が立ち込めた睡魔に緩められる。別に夜更かししていたわけじゃないのに夢の国へと吸い寄せられていくのはなんでだろうかと思うも疑問は柔らかな陽光に解けていった。

「まだ、ひるだよ」

 隣から吐き出された咎めに似た声はしかしぶつ切りだ。ロイドより睡魔の魅力に取り付かれているに違いない。

「コレット、まだかなー」
「あ、くるまえに、かみかくさないと、いけないんじゃ、ないの」
「あーむり動けない、これじゃわからないだろーしいいんじゃねー」
「ロイドがいいんなら、ぼくはもういわないけど。でもプレゼント、ぜったいわすれないでよね」
「わすれるもんか。ことしは、たくさんのきねんびだもんな」

 コレットが生まれてちょうど季節の巡りが十六回目の日、神さまから再びの繁栄の道を示してもらえる日、みんなが希望を持って生きていけるように天への階段が造られる日。大切な友人が、世界に飛び立つ日。笑顔を振り撒きに行く日。他にもたくさん、両手では数え切れないくらいの記念日なのだ。

「だから、いままででいちばんすっげーもん、あげたいんだ」

 重くなった瞼が垂れていく。すうすうと穏やかな寝息が鼓膜を撫でていく間、僅かに透けてしみる光がとても綺麗だと思った。








こんな生活が続けばいいのにな、と思うことが許されたら、それはきっと、身に余る幸せなのだろう。
[2012/08/25 - 再録]