ただ静かに泣いていた。
 ひたりと滴る雫はまだ暖かく、外へ吐き出されてから間もない事をそっと告げていく。まだ戻れるよねと今まで溜め込んだ抵抗感がすがりつくようで、慌てて眼を逸らそうとしたけれど、穏やかに滲む風景をどうすることもできなかった。雫の源との通路を絶つ蛇口は、しばらく使われなかった所為で錆付いて上手く回せない。
 これでもか、これでもか、と光をごちゃごちゃに混ぜ返すそれがひどく悔しくて苦くて、それ以上に強張った心を解かしていく。涙って、こんなに優しいものだったのだろうか。

「ありがとう。みんな、ありがとう」

 狭まった器官から無理やり声を絞り出したら、掠れて途切れ途切れですごく情けなかった。「せっかくさっき、なかないんだよっていってあげたのにー」と少女が膨れ面を作った途端、年長者がどっと笑ってそれに釣られるように子ども達も楽しそうに声をあげる。
 本当だな。こりゃまいった。神子様、悲しいときは我慢するのに、嬉しかったら泣いちゃうのね。え、そうなの。悲しくて泣いてるんだったら、俺が泣きそうになるぞ、今度は。やだあ、私も泣いちゃう。
 口々に呟かれる軽い言葉に、左隣で一緒に顔を歪ませていたジーニアスが噴き出して「だって。コレット」と冗談交じりに肘を突く。頬に雫の軌跡はなかったけれど手の甲が陽光を反射していたので、そんな留め方もあったんだと今更気づいた。
 真似をして拭ってみると視界が少しだけ明確になる。そこら中で咲く笑みが嬉しくてたまらなくて再度胸を優しく締め付けられた。

「ねえ、みこさま! たびがおわったら、またいっしょにあそんでくれるよね。ロイドもジーニアスも、がっこうおわったあとにみんなであそべるよね」

 舌足らずに、だけど言葉として相手に届ける意思を持って懸命にしゃべる少女を覗き込み、少しの逡巡のあと両隣の少年達に視線を投げる。右側で照れ笑いを浮かべていたロイドはいつもの快活なそれに切り替えて、左側のジーニアスはくしゃりと崩した表情を振り切るように首を振った。

「うん。みんなであそぼう。またみんなでおにごっこして、かんけりして、つかれたらひなたぼっこして」

 たくさん騒いで大人に呆れた顔でやんわりと怒られながら、前よりもずっと明るい顔色で本当の世界の上で。
 そのためには、まずはぼやけた視界を何とかしないとなあ。他人事のように思いながら縁から溢れ出しそうになる寸前で踏ん張る涙を拭おうと人差し指を動かしたら、ふわりと吹き通る風に持っていかれた。








手と手を添えて、みんなで遊ぼう。心置きなく遊ぶことのできる世界を、みんなで作ろう。
[2012/08/25 - 再録]