先程から、余裕のない戦闘が続いている。体力を保とうと無難な動きだけで済ませようとしていたのが災いして余計に、しかも地味に疲れをルークの体に蓄積させていた。そもそも一対一なら何ら問題はないはずなのに。
 だからこそかなり焦れてきていて余計に空回りしている節もあるし、その問題ないはずの攻防に苦戦しているのは、相手の連携中心のいやらしい動きのせいだった。レプリカなのに、というのも憚られるが恐ろしく訓練されたような、流れ作業を思わせるもの。そしてそれが脳に直接入れさせられたものだと思うと、ルークの心はぐちゃぐちゃに混ぜられたみんなの涙のように複雑だった。それこそ先程乖離してようやく悲しい自由を手に入れた少年の言うように「空っぽ」で、唯一その中にぽつんと寂しく置かれているものが戦闘技術で。生まれなければ、あるいはもっと違う形で産み落とされていれば、もしかしたら幸せになれたのかもしれない。せめてもの救いはそう考えることさえ出来ない兵器に仕立て上げられたということかと思い立った自分の頭にルークは愕然とし、体中が総毛だった。

「そろそろ終点ですね。ちょうどいい、ここには魔物も近づけないみたいですし、最後の休憩といきましょうか」

 それとも師匠はその哀れなレプリカたちのために考える能力を全て奪ったのかとあまり変わらないどころか今から倒しに行く敵の弁護に偏った思考の転換をしていたとき、青を基調とした軍人服の涼しい顔をした男がふむと一つ頷いて、提案という名の強制意見を申し出た。前に見えてきた空へと向かう階段を指差し、あそこを昇ればおそらくヴァンがいるでしょうと周囲に緊張の糸を走らせる。メガネの奥の紅い瞳は普段からしてみれば信じられないくらい真剣そのもので、それがただの推測ではなく必ずのつく確信であり、軽口ではなく冗談でもなく、一番の賢明な判断の元で下したものだとルークは頷き提案にいち早く同意した。




――皆、力を貸してくれ。
 書き終わる直前にインクがすれ、掠れた文字列になってしまったが、ルークはその方が自分らしいと自嘲した。なりふり構わず手探りで生きる自分そのもののようでかっこ悪いとか情けないとか思うより先に、そこまでして生きようと思えたことが一番の成長だと感じた。ここ一年足らずでずいぶん人間に近づけたなとまるで元は人間ではなかったような事を考えて、あながち間違っていないじゃないかと苦笑する。では成長のない昔の自分はどうだったのだろうと勝手に遠い過去に置き換えた「昔のルーク」が気にかかり、ふと首を傾げて手近過ぎる日記を昔々に遡ろうと気まぐれに思った。指を日記の最初の方にかけて捲ろうとした時、何か漠然とした不安に憚られて手が止まる。本当に振り返っても大丈夫なのだろうか。かなりの杞憂に見えるその思案がルークにとっては大きな恐ろしさを携えた魔物のような気がしてならなかった。なんだか、すでに戻ることの困難な道を更に遠ざけてしまう禁忌の行為だと直感的に感じる。多分それは本当のことで、自分のなけなしの成長を目の当たりにして満足して、そのまま生きる糧が揺さぶられて折れて堕ちていくのだ。

「ご主人様、そろそろヴァンさんのところへ行くみたいですの」

 気が滅入ってきて一つ溜息をこぼしたとき、一時ティアに預かってもらっていたチーグルが知らぬ間に足元にちょこんと立っていて、ルークは眼を見開きながら生返事を返した。傍から見れば酷く滑稽な反応も任務を果たしたと判断したらしいチーグルには関係ないらしく、みゅうと一つ鳴いてちょこちょことじれったい動きでこちらを向いて待ってくれているティアたちの所へ戻っていく。ルークを置いていってしまうあたり短絡的な気がするが、自分が言えたものでもない。
 走り寄るチーグルを迎えるティアたちの顔は少々こわばっているものの、まったく疲れなど見えず、どうやら自分のために休憩を取ってくれたらしいとルークは思い至った。あのレプリカたちの動きも自分にだけ嫌がらせみたいに移っていただけなようで、今思えばそんなに際立っていたわけでもないかもしれない。そう思えば思うほど今与えられた一人きりの時間も和やか過ぎるときの進み方も理解できた。
 大丈夫、もう平静でいられる余裕はちゃんとある。吸い込まれそうなくらい白い壁を支えにルークは立ち上がった。その色はまるで世界を白く白く塗りつぶして再生の日を見出すような、始まりの白。
 もし再生されるのなら、どうか彼女のいるこの世界のまま生まれ変わってください。それだけで、俺は救われますから。
 そんな緩やかな考えの下、ルークを待っている仲間たちの集まる、空への階段へ走り寄った。俺はもう一人じゃない。今も、きっとこれからも。 そう信じていれば、全てがうまくいくような気がした。





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[2012/08/25 - 再録]