「紹介はいらないに等しいね。顔見知りばっかだ」

 どこかの故郷に帰ってきたような感じの言葉にフェアは小さく笑った。確かに顔見知りばっかだろうが、この城の構造については何一つ知らない。
 しばらくの間は迷子になるのは必然かも、とつい本音を洩らすと、しばらくここに滞在する事になるから嫌でも覚えるさ、と機嫌の良い声が返ってきた。
 人間に限りなく近い形を持った自分たちを不思議そうに見やる住人に軽く手を振りながら、フェアは少し複雑に思えてきた。できればもっとまともな形でコーラルをこの里に連れて来てあげたかった。もしかするともっと酷い形でここに訪れることになっていたかもしれないが。

「とりあえずここが君の部屋。竜の子も、ここがいいかい?」

 フェアの服袖を引っつかみきょろきょろ周囲を見回すコーラルは、問いを聞いた瞬間即効で小さく頷く。その動作に微笑んでいると、ああっと叫び声が響いた。左右に首を巡らしてみれば、亜人の子どもが数人、大口を開けて目をこれでもかといわんばかりに開いて固まっているのを発見した。

「久しぶり、かと」

 コーラルは淡々とした口調とは裏腹に、嬉しそうに目を細めた。尻尾をパタパタさせ子どもたちが脳内で状況を理解し、ここまで来るのを待っている。

「遊びに来てくれたのか!?」

 きらきらと大きな瞳を輝かせ、子ども達はフェアとコーラルに飛びついた。

「ちょっと違うかな? これからはしばらくここに泊まらせてもらうの」
「また料理作ってくれるのか!」
「一応、フェアは客人みたいなものなんだけどね」

 ギアンはフェアの隣で肩をすくめて見せた。フェアが「仲間じゃなかったっけ」と横目でギアンをじっとり見ると「しばらくはきちんとした待遇をとろうかと思っていただけさ」とさっくり返される。

「ま、御世話になるだけも嫌だし、食事ぐらいなら別にいいわよ」

 フェアの腕を掴んだ子ども達はやったあと歓喜の声をあげ、ぶらぶら揺れる。コラールとフェアをじっと見ていたウサギ耳の女の子も嬉しそうに微笑んだ。

「なんにせよ、夕食までには時間があるからゆっくり休むといい。追々厨房に案内する」
「分かったわ」
「あと、竜の子は先代の記憶を継承するための心の準備が必要だ。こちらの準備が整い次第、始めるから」
「……了解」

 無邪気に笑う子ども達をやんわりと剥がし、またあとで、とどちらからともなく手を振り別れる。ギアンも一つ溜息をついてそのまま廊下を進んでいき、それを見送ってから、フェアはあてがわれた部屋へ足を踏み入れた。





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[2012/08/25 - 再録]