「どうして戦わなかったんですの!」

 天使の羽を優美に伸ばした少女がテーブルを叩き、丸く陣を作っている仲間たちの眼をきつく見据えた。その瞳はどうしようもなくガラス球のようで、簡単に怒りが透けて見える。

「どうして、どうしてっ! フェアは大切な仲間でしょう! 家族でしょう! どうして行かせたの、御子様を助けようとしなかったんですの!?」

 食堂へ直通する入り口はすでに塞いでいて、明かりは室内に付いているランプだけだった。
 囲いの中でゆらゆら揺れる赤は誰かの髪を連想させて酷く不快。不安を煽るように自らが基盤を揺らし道化を演じているようにも、ミントには思えた。

「なあ。あいつに近かったおまえたちが、真っ先にフェアを止めるとオレは思っていた。だが一歩も動かず見送っていたのは、なぜなんだ」

 天使の少女よりずっと落ち着いて聞こえるセルファンの女戦士は、けれども強い怒気を含ませていた。はっきりとは浮かび上がらない表情がかえって深い軽蔑が垣間見える。

「できるわけ、ないじゃない」

 苦しみと怒りと緊張が張り詰めた空間に、リシェルの小さな声がわずかに響いた。途端床にへたりこみ、片手で顔を隠して小刻みに肩を揺らし始める。

「――『困っている人のためになにかできることを見つけたら』…リビエルちゃんにはいったと思うけど」
「損得関係なく手を差し伸べる。それが当たり前だったんだ。人一倍一生懸命に生きる、あいつの」

 ミントの言葉にグラッドが横から付け加える。トレイユの町の者を守る使命を果たせなかった事を悔いているように、けれどどうにもならない事と割り切った言い方にも聞こえる。実際はかなり神経を逆立てているのだと思う。彼はそれほどに優しかった。

「だからって、」

 少女の涙声が耳を貫く。この場で最も感情を押さえきれていないのはその少女で、嗚咽を漏らすリシェルはそれ以上何も言わず脱力していた。

「だからって、私たちは御使いなんですのよ? 御子様がいなければ、御遣えする方がいなかったら、」

 声が途切れた。先に続くはずの言葉は無意味に少女の喉元で止まり、詰まった音を漏らす。
 ミントは対面に立つ機械仕掛けの体を強いられた私塾の教師に控えめに視線を渡し、小さく頷くのを見る。
 しんしんと静まる夜に、あの笑顔が消えた。その事実を飲み込むのに時間をかけながらも、ミントは外で番を任せている機械兵士を呼びに、鉛のような足で無理に踵を返した。





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[2012/08/25 - 再録]