エニシアは戸惑っていた。無意味な争いの終結を約束した友が、仲間になったらしい。
 ギアンは嬉しそうにエニシアへ簡易な報告をして、すぐ準備にいってしまったため詳細は分からなかったが、そのあとポムニットに確認したから間違いではない事は確かだった。

「フェア、どうしたの」

 客室用にしつらえた部屋の扉を勢いよく開けてエニシアはベッドに腰をおろし、竜の子の髪を弄っていた友に言葉を投げた。突然の来訪者に驚く様子を見せず、フェアはただ「ああ」と声を漏らす。

「どうしたのって、約束を守りに」

 あっけらかんとフェアは笑った。夢の中や宿へ来訪したときに見せた笑顔とは違った、何か違和感のある表情。フェアらしくないとエニシアは首を左右に振る。

「フェアは仲間のために戦ってきたんでしょう!」
「今もそのつもりだよ」
「今も、って、」
「助けたいんだ、絶対死なせちゃいけないんだ。皆を、エニシアを、ギアンを、そしてわたしを」

 何で、と言おうとするとフェアは静かにそう告げた。とても悲しそうな声色でけれど前を向いて立ち挑むどこか強い瞳を見せて。

「あの、とりこみちゅウもうしわけナイノですが」

 開いたままの扉からふさふさの頭がひょっこりと現れる。言葉どおり申し訳なさそうな顔をして、フェアを見ると悲しそうに眼を細めた。けれど何も触れずに「ぎしきをはじめマス」と伝言をする。
 行こう、とフェアはエニシアの手を取りコーラルをたたせて廊下へ飛び出す。繋がれた手はひたすらに冷たかった。
 広い、幻獣界特異の石で囲まれた部屋が儀式のための空間に選ばれた。ひんやりと空気が住んでいて、マナを感じ取るのに適した場所だった。
 竜の子はクラウレから瞳を渡され、両手でささげるように持ちゆっくりまぶたを下ろす。マナが竜の子を中心にして巻き起こり、密度の濃い風となって吹き荒れる。
 ベールがはためき全身に強大なマナを感じ取りつつも、ここにきて心の核が揺らいだ。自分の願いが正しいものなのか分からなくなった。本当に欲していたものは何なのだろう。いつもここで見ていた空が、少し色濃くエニシアには見えた。





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[2012/08/25 - 再録]