就寝できたのは、もう夜が明けそうになる前だった。エリカとナイアが寝静まった頃、ケンタロウは大きくあくびをしつつ、機械兵士に夜の番を頼む。了解の返事を聞いてからようやく寝床に着きまぶたを下ろした。
 夢の中にすうーと吸い込まれる感覚を覚えながら身を任せる。たどり着く先は決まっている、愛する妻がいる大樹の前。
 不変の翠が溢れる中、一人の女が大樹の前で右往左往していた。めったに取り乱すことのない妻の姿にケンタロウは嫌な予感がし、「メリアージュ」と妻の名を呼びながら、穢れのない大地を蹴る。

「ああ、ケンタロウ。大変なの、とおーっても大変なの」
「おいおい、おちつけ。まず深呼吸」

 ケンタロウの言うとおり深く息を吸ってからゆっくり吐き出して、メリアージュはごめんなさいと困惑顔で謝罪する。綺麗な銀の髪がさらさらと揺れ、彼女の周りにほわほわ浮かぶ光はいつもより儚いように思える。

「フェアがね、竜の子を連れて隠れ里の方へいってしまったの」
「、うっそだろ…?」
「ううん、本当。ちゃんと自分で決めて、そうしたみたいに見えたわ」

 ゆっくりと語られる事情に耳を傾け、ケンタロウは舌打ちを零さずにはいられなかった。まだ時間はあると高をくくっていた。絶対に大丈夫だと過信していた、違う、甘えていた。親であるのに子どもに何もかもを押し付けてきた事をいまさら悔いる。それでも何が変わるというわけでもない、貴重な時間が過ぎるのみ。

「あの子の仲間さんたち、宿にいるの。どうする、ケンタロウ」

 不安そうに声を震わせるメリアージュの前で親指の爪を噛む。食いしばった歯の間で爪の割れる音がした。

「一人で行く」
「とっても心配していたわ」
「足手まといはいらねえ。それに時間が惜しい」
「そう…」

 今がとにかく無意味な時間を省くことが大事だった。いつなにが起こるかわからない以上、早く娘を無理やりにでも取り返す必要があった。

「すまねえ、今からちょくらいってくらあ」

 気をつけて、とメリアージュは心配そうに眼を潤ませながら、両手を組んだ。周囲の光が増長し、ケンタロウの中に染み渡っていく。

「ありがとな、すぐ帰ってくる」

 そういい残してケンタロウは一発頭を殴る。まずは夢の中から抜け出さなければならなかった。





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[2012/08/25 - 再録]