色々な事を後悔していても遅い。全てに後悔していても何も進まない。なら、引きずり込まれて更なる被害を作り出さないようにするのが得策。ずっとずっと前から叫び続けていた言葉がまさか自分にそっくりそのまま当たり砕けていくとは思いもしなかった。前からの後悔は全て自分の論理で片付けられる安い自分のプライドだったが、今回ばかりは心は素直に軋んでいる。
 旅支度はもうとっくに済んでいた。比較的最低限の荷におさえる傾向にあるジェイドにとってその作業はなんら苦ではない。だが共に連れ出されることになった兵たちにはそんな感覚は皆無に等しく、結局ジェイドが予定していた帝国を発つ日付を軽く超えて今日になった。
 各自の曖昧な言い訳をどうでもよさげに耳に入れ、嫌味を添える対象にもならない彼らに怒ってませんよと本音を口に出しつつ港が見えてきたことにどっぷり疲れがやってきて、むしょうに面倒な気持ちになる。ピオニーの言い分もなんとなく分かるくらいの冷静さは戻ってきていたが、面倒なことは面倒なままだ。やはりこういう人助けは横からひょいと顔を出す没落の後返り咲いた浮き沈みの激しい貴族に任せるべきだとジェイドはため息を零した。

「旦那、溜息なんて珍しいな」

 先程から横に見えていたので驚きはしなかったが、それでも周りには驚愕の的だったみたいであらぬところから短い悲鳴が飛んだ。なぜ分からなかったのだろうか、仮にも軍人のはずなのだが。ジェイドはその間の抜けた脱力の声を耳にしながら笑う気にもなれずにそのまま流すことにした。

「おいおい、部下が失礼な反応してるぞー」
「知りませんよ、貴方が招いたことでしょう」

 苦笑の混じった楽しそうなからかい声を投げてガイはちょいちょいと指を曲げた。そういう軽い動作が妙に様になっていて時折見せる貴族の顔とのギャップが大きい青年だ。そういった二面性があっても、これがなかなか使い分けが上手い。

「そんで旦那に報告あるんだけど」
「船が出発するまでなら」
「じゅーぶん」

 人の良い笑みを浮かべてガイは親指を立てた。それはやはり軽い動作で、気を許せない貴族の連中には見せない仲間の証でもあった。皮肉なのは彼の仲間が皆貴族連中の部類に入るはずの地位の高さを持っている末恐ろしい者達であることだろうか。




「あと、セントビナーにはナタリアとアニスがいるって事ぐらいかねえ」

 あらかたどうでもいい報告の最後に一番大切ではないかと思われる事を付け足してガイは紙束を適当に整える。報告のほとんどを占めていたどうでもいい情勢なども適当に耳を傾けてはいたので、一応内容理解はしていたが。こういうときすぐ頭に染み付く吸収力に感謝する。兵はもうすでに船に乗り込んでいて周りにいるものといえば一般の乗客の群ればかりだった。

「これで終わりですね?」
「しいていえばあんたがこそこそやっているのが何かを聞きたいだけかな」
「はは、いやですねえ。ちゃあんと国のために働いてますよー」

 不意打ちに反応を見せなかったことが我ながら恐ろしく賢明な判断をしたと実感した。伊達に軍属ではないらしい。いつものように軽い調子で返答しつつ自分自身に大丈夫だと言い聞かせる。その喰えない人間の答えにガイはさほど期待していなかったらしく軽く笑い流していた。そのあっさりした反応にジェイドは何か引っかかりを感じながらも、距離をとったところで境界線を引けたのでそのまま微妙なずれに便乗して話を進める。

「では、そろそろ出船みたいなので。ガイは?」
「雑用の仕事終わったらダアトまで。その頃にはアニスも帰ってくるらしいから外交関連をあらかた」
「そうですか、ではお元気で」

 ジェイドは頃合を見計らって会話を打ち切り、いつもの面倒なことから逃げるような動作を意識しながら逃げるように船へ向かう。後ろから適当な声援が投げられ軽く手を挙げつつそのまま中へと入っていった。ジェイドは安堵の息と軽い疑問を覚えながらも船内を歩いていく。もう少し、もう少しだけ確信を得るまでの時間をください。薄い現実味を帯びた仮説がこの現実に引きずり出されるそのときまで。





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[2012/08/25 - 再録]