人を飲み込めるだけ飲み込み、後は出発のときを待つばかりとなった船を遠めに見やり、今しがたその中に消えていった軍人に一言投げかけて見送った。人通りはほんの少し緩やかになり港から出て行く者たちの見送り人が船側で束になっているばかり。ガイはそれから少し離れた位置の階段に腰を降ろし、寛大にもせっかくだから最後まで見送ってやろうという名目の息抜きをしていた。
 その中途半端な時間が出来たことにガイはわずかに顔をしかめ、何が息抜きだと毒づきつつ、もうその時間に飲み込まれてしまったことに気づくと額に手を乗せて小さく呻いた。もうこんなことは考えていたくなかったのに、だからわざわざ忙しい身の上に好んで飛びついたというのに。ガイは一人になると嫌でも考えることがあった。ただそれは些細なことで見逃してしまいがちで、けれど恐ろしく人の運命を変えてしまうものだと思う。
 仲間たちの心はまだ繋がっているのだろうか。
 この頃は更に強く感じる言葉がじりじりとガイの心を支配していく。それが本当に絆として残っているならこんな事を考えなくても済むのだが、一人、二人が欠けてしまった自分たちはまだ強く強く結び付けられているのかというと自信がなかった。その一人が仲間たちの心を束ねていたといってもあまり語弊はないはずなくらい重要な位置づけにいたし、なにより彼ともう一人、たおやかに歌う少女が自分たちを出会わせたのだから。そういえばあの少女は今どうしているのだろうか。彼女だけ極端に今の情勢が分からない。
 仲間たちのほつれをまた一つ見つけてガイが意気消沈していると、ぼー、と試しに鳴らせてみたといった感じの汽笛が漏れた。その音は続かないし伸びないし、けれどこれから動き出す足がかりになっているとガイはなんとなくそう思った。飛び越えられない塀を越えるための助走のような役割を持った重要なもの。
 彼一人、彼二人がいなくなってしまった。けれど彼は彼女とだけでも帰ってくると約束を繋げたのだからきっと帰ってくる、そう信じている。ならそれまでみんなの心を繋いでいなくてはならない、繋げていたい。帰って来た時に皆バラバラ貴方誰でしたっけと尋ねられてしまうような関係ではそもそも彼に申し訳がたたない。まあそんなことはないと思うのだが、不安なのは不安なのだ。それは変わらない。バラバラになってしまいそうな仲間の糸は自分が束ねられれば。束ねて絡み合わせて、もう一生解けないように。誰のためでもなく自分のために。そんな簡単に壊れない絆だと知っているからこその、自己満足。

「さて、と」

 もうそろそろ出発だなとすれ違う人々がそんな旨の会話を繰り広げているのを耳に挟み、ガイはゆっくりと立ち上がった。もうこれ以上待っていたってあの軍人は喜ぶはずもない。
 もうしばらく雑用をこなしたらダアトでアニスと会う。元気だろうか、あのおてんばな少女は。周りをにこにこ笑顔で支えているのなら、アニスは自分が支えないとな、それも悪くないなと頷いた。できれば、そうしたい。
 船の汽笛が今度は伸びやかに地面を震わしつつ鳴り響き、波音立てて奔っていくのを背にガイは我が国の妙な点において心配性な陛下に軍服の男はちゃんと発ちましたとの報告をすべく王宮に向かった。





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[2012/08/25 - 再録]