恐ろしく気まずい沈黙が数分間ぶっ続けでしこりを引いていた。たかが数分のはずなのにもう何日もそうして過ごしてきたかのような錯覚を受けてアッシュは先程からさてどうすればいいのだろうと内心冷や汗をかき続けている。せっかくの再会からもうかなりの時が経っていようともやはり彼女とは痛々しい空気を持続させたくはなく、そういえば小さいときはこんな雰囲気でも気にしない時期があったなと遠い昔の出会った時を思い出した。今の自分には言われたくないだろうが、幼い頃の自分もかなりひねくれていたとまるで他人事のようにみてなにやってんだかとナタリアに気づかれないよう嘆息した。だが実際主観ではなく客観からの意見なのでもうそこで自分の気など入っていないのだからやはり他人事なのだろう。妙な気分が付きまとって気味が悪かった。

「わざとですわよね」

 大地降下の後徐々に交流が増えようやく昨年開港したらしいユリアシティ唯一の船乗り場に向かう時、ふうとため息をついてナタリアは咎めるような口調で言い出した。そんなふうに全部分かっているような口ぶりでナタリアに確認されるとアッシュはもう否定の言葉も曖昧にごまかすぼやけた文も出すことが出来ず、ああと短い肯定を呟くしかない。つくづく彼女には弱いのだとなんだか情けなくなった。

「あそこまでしなくても良かったと思いますわよ」
「ああいうやつはあの位やってやらないと動かないだろ。一発で必死にさせないと二回目は効かないぞ」

 どうやら女性にあのような態度をとったことが気に喰わないらしく、ナタリアは珍しくむうと顔を膨らませる。だがそんな事を言われてもアッシュにだってちゃんとした言い分と合理的な理由があった。あの苛立った声も口調も突き放した言葉も全部全部あの女の覚悟を決めさせる小細工でしかないし、だいたいナタリア以外の女にいちいち親切になだめる事をする意味が見つからないのも原因の一つなのかもしれない。

「それに、ルークに少しでも似ているからって泣きつかれたら最悪だ。気分が悪い」

 鼻を鳴らすと隣からおさえられた苦笑が返ってきた。笑われる事を言った覚えはないのだが。

「ねえ、アッシュ。前から気になっていたのですけれど」
「なんだ?」

 その気分の悪い話が曲がるらしくアッシュはすぐに先を促す。基本的に焦らされるのは嫌いなのでいらいらした声で聞き返すことが多く、今回も無自覚の内にうっすらと怒の混じった声になっていた。

「あの、なぜ貴方の名がアッシュになったのかと……」

 それに何か機嫌を損ねてしまったとナタリアは感じたらしく少し距離を置き気味に尋ねられる。そんなことはまったくもって杞憂で心配する必要はないのだが、その杞憂を作ってしまったのが自分なだけに訂正を入れられなかった。奇妙な性格をしているなと思いつつ、その問いにはせめて緩やかな声で答えようと決心する。

「灰だからだ」
「はい……?」

 きょとんとした表情で繰り返された言葉にアッシュはそのまま相槌と共に補足を入れる。多くを語る気はないがナタリアにだけなら、少しだけ。

「そう、炎を焚いた後に残る燃え滓」

 アッシュはほんの少しの自嘲を織り交ぜながら完結に纏め上げた文をさらりと一瞬で空気に溶けていくように呟いた。こんな自虐みたいな会話はこの地に残したくなどない。
 灰。あの光ある屋根を焼き払われ、お情けに残った廃墟の中が己の地。消し炭だけが舞って自分の周りで踊り狂う悲しみに閉ざされた場所。開放された地のはずなのに不思議と日の光はまるで故意に避けているかのような通り方をして闇に飲み込まれた空間。そうなった原因が自分で灯したものだったわけではなく、風に乗ってやってきた毀れ火だというのだからそれはもう笑い話のようで自分の人生を一番適した形で表した言葉だった。それを考えたのは自分ではなく師匠と親しんだ人物だったのだから、かなりの曲がった師弟関係だと引きつった笑いの中で自負できる。そしてそれはあいつにも適用された。
 あいつ。そう思った時アッシュは首をひねった。この前までは一度思い出すとしつこく女の名を繰り返し呼ぶ声が何重にも響いていたというのに、今は何も聞こえなかった。ルークの記憶も思い出そうとするほど何か遠いもののように感じる。
 そんな事を考えていると悲しそうな、けれどどこかに希望を持った瞳でナタリアは首を振った。

「それでも、少しだけ形があるのが灰ですわ。最後の魂の欠片で強い意志を持った、そう、貴方のように」

 言葉の一つ一つがアッシュの心に染み渡る。今までどんなに頭をひねったってそんな考え方など思いつきもしなかったというのに。それなのにこの金髪のふわふわとした暖かい光をもった女性はこともなげにいってみせた。発想の豊かさとその気遣いがこの上なく嬉しい。

「私は貴方を支え、支えてもらいこの国を、世界を守っていく事を誓いますわ」

 一度交互に前へ急ぐ足を止めナタリアはゆっくりと告げた。それは幼い頃のルークが交わした誓いを同じ類のものだとアッシュは直感的に感じ、少し歯がゆくて「ああ」とだけ返す。少し前までここからでは認められなかった太陽の降り注ぐ光の中、二人は小さく笑いあった。昔々の何も知らない頃の自分達のように。





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[2012/08/25 - 再録]