「じゃあ、とりあえずガイの家に行くの?」
「ああ。帰った事を伝えてからの方が、何かと楽かと思って」

 荷物を持ち歩くのは大変だろとガイは己のバックを軽くあげてみせる。その動作は軽くて旅をしていた頃のガイと変わらなかった。アニスはそれに同意して改めて街を見渡す。変わらないながらもより清潔感が漂う街になっていてなぜあの掃除を怠る陛下の国からこんなに美しいものが飛び出てくるのだろうと疑問に思った。
 いくぞとさりげなくエスコートされアニスは慌ててついていく。人々の波に逆流したり流されていったりとせわしなく人波に慣れていない人には結構辛い。幸いにもアニスはそんな繊細な人間ではなかったらしくいたって普通に邪魔だなあと胸中でぼやきながらガイにくっついていた。

「おや、ひさしぶりですね」

 人通りの少なくなりそうな角を曲がる直前に反対方向から巨大な椅子とそれに座り込んだ人がにょっきり出てきてアニスは小さく悲鳴を上げた。とっさに後ろに飛び距離を取ってから別に敵ではないのだからこんな反応を繰り広げなくても良かったんじゃないかと思い至る。下がられた相手も同じ事を思ったらしく「失礼ですよ、私に向かって」とヒステリックに叫ばれた。

「ディスト、本当に釈放されてたんだ」

 聞いてはいたもののあの死霊使いがそんな事をするわけがないだろうと軽く冗談だと思っていたアニスはついそんな言葉をきょとんと口走った。袋を提げた手をみる限り御使いもとい使いっパシリにあっているらしい。

「そうですよ、ジェイドだからって昔からの親友にずっと牢獄にいる事を酷使できるわけがないじゃないですか」

 また勘違いでものを言っているディストにアニスは乾いた笑いを漏らす。そんなわけあるか。大方利用するためだけに奇跡的な確率で間違えてご丁寧に釈放までしたんだ。

「トクナガ、壊れているようですね。直しましょうか?」

 またひどいボロボロでと肩に癖で乗っけたトクナガに眼を向けてディストはアニスからしてみれば思わぬ提案を差し出した。

「いいの? あんなにひどい目にあったのに」

 大佐から、と心の中でだけ付け加えてアニスは聞く。どちらにしても対立していた間柄なのに。そんな丁寧に修復してくれるなんて無理なお願いが待っているのではないだろうかと少し警戒した。

「別にアニスが嫌いでやっていたことではありません。六神将はもうありませんし、無意味ないがみ合いも馬鹿らしい」

 そんな事を言ってもらえるとなんだか断るのも悪い気がするしこのままだとトクナガが報われない気がした。それに今のままではアニスは前のように戦うことも出来ない。そんな機会はもはやなかなかないのだが。

「いい? ガイ」
「ああ、トクナガもそのままじゃかわいそうだろ」

 快く許可を貰ってじゃあまた後でと手を振るとガイはアニスの荷物をひょいととりあげ「もってっとくよ」と紳士に笑った。呆気にとられつつ礼を述べるとガイはいってらっしゃいと軽く手を上げてくれる。それに安心してアニスは六神将の生き残りの椅子に乗っかりディストの文句を受けながらもいいじゃんいいじゃんとそのまま降りずにあたる風に火照った体を冷やしていた。




 情けで与えられたに違いないディストの部屋は音機関やらなんやらでごちゃごちゃなイメージが勝手にアニスの中で形成されていたがそんなにひどくはなく意外と片付けられていて逆に驚いた。結構失礼だが言わなければ気づかれない。なんと言っても勘違いの天才が相手だから頼まなくてもいい方向に受け取ってくれる。

「どうです私の作り出した音機関たちは」

 見事にアニスの期待を裏切らずその驚きを恩機関への感嘆だと受け取ったらしいディストはそんなことをおごり高ぶって言ってのけた。ガイじゃあるまいしとそんな執着心がないもののそのまま流すのも哀れなので「そうだねー」とアニスは味気ない言葉だけを返す。よかった。ガイを連れてきたらきっとこの二人意気投合する。

「貸してください」

 いきなりそういわれたって何のことか分からず首を傾げると人形を指差されああと呟いた。本来の目的を忘れてどうすると内心苦笑する。

「ありがとう」

 感謝を述べながらトクナガを手渡すと「直してからいってくれたほうが嬉しいんですがね」とひっと詰まった笑いが返ってくる。実は勘違いをわざと言っているのではないかというくらい勘違いしてくれるのでアニスは逆に感心した。

「そっちじゃない方」
「というと?」

 訂正を入れるとディストは心当たりがないらしく気の抜けた声を吐き出した。これは自分が分かりにくい言い方をしたことが原因なのだろうかとアニスは首を傾げる。今渡した人形についてなのだから気づいてもおかしくないと思うのだけれど。

「トクナガを作ってくれて。ただ女の子じゃそこまで役に立てなかったから」

 本当にディストには感謝している。彼に会わなければトクナガに会うことも今のように強いだけではなく高位の人間にもなれなかっただろうから。アニスは術も一応は使えるものの一応の域を出なくそれほど高い能力ではない。そうなると武力に頼るしかなく女ということが災いする所だった。

「素質があったのはあなたですよ」

 彼は昔初めて会ったときのような一見落ち着いている口調で話す。彼自身はきっとこんな人間で、周りの人に対抗するためにわざわざあんな陰険人間になったのだと思う。それか今見ているものが作り物か。後者の方が確率が高いような気がする。

「幸せになりなさい。それが私に隔てなく会話してくれたアニスへの願いです」

 願われてもどうしようもないのだが今が不幸とは思っていない時点でこの死神の願いは叶っているのだろうか。それなら願われててもいいかなとアニスは「どうも」とだけ返した。

「無理しない。切らなくていいんです。引きずってでも幸福はあるんですから」

 少しずつ修復されていくトクナガを見て、ようやくディストとの交友が元に戻ったような気がした。たいしたものではなかったけれどまあ悪かったわけでもないのでどっちでもいいが。
 死神に慰められるとは思っても見なかったアニスは「そっちこそ」と言い返したきり元の姿を思い出していくトクナガに夢中になっている少女を演じるべくトクナガにだけ視線を向ける。言葉一つ一つを飲み込んで本当にそうかもしれないと思い始めている自分に気づきアニスはようやく導師への想いがちゃんと判ったような気がした。
 イオン様、大丈夫です。私は私で生きていきますから、心配しないで。
 もう少し早く分かっていたら、と思うと苦笑が広がる。それを不信がる死神に「はやくなおしてよ」とわざとらしい急かしを入れた。





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[2012/08/25 - 再録]