閉ざされた口は開く事を知らない。
 いつしか時の中に開く事ができるという事実を落としてしまって永遠に引き結ばれたまま結局世界中の真相は闇に追いやられ、私達はただ何も知らず知らされずに生きていく。
 それが人間と星達のつながりでありたった一つのスコアの成り立ち。
 そしてぼくらはいきていく。だいすきなせかいでだいすきなひとと。
 ゆめみのくにであいましょう、ぼくらがあいしたぼくらをあいしたやさしいやさしいあのひとに。




 研究所からの脱走劇。セントビナー復興から急遽手を引いたその些細にも見える事件はずいぶん前の出来事であるのにジェイドの中でずっと纏わりついていてひどく不快になると同時にひとつの希望がまだあることを示していて無下には出来ないものだった。まったくどちらかにしてくれれば幾分かましなもののそこまで感情は親切ではないらしくいまだにその纏わりが引き剥がせずにいる。その研究所から勇敢にも逃亡を思いついた偽物がどこに向かったかの目撃証言はなくただジェイドはセントビナーに発つ事を余儀なくされた際のディストに定期的な観察を命じておいたことがいけなかったと少々の後悔ばかりを長引かせていた。多分奴のことだから退室時に閉め忘れなど平気でしていただろう。それにつけこまれて逃げられたと考えればかなりありえる範囲内。むしろそうとしか考えられない。
 そんな思考回路を回して王宮の壁に寄りかかっていると身軽な旅装束のガイがひょっこり見えてきてまずは軽く文句を吐いておいた。今まで何をやっていたのかあらかた想像できるがだからといってピオニーにそういう仕事関係で頼み込むと基本的にジェイドに回る事を知らないのだろうか。一番確実だとしてもジェイドにとってははた迷惑なだけだ。知っていてやっていたのだとしたらかなり質が悪いと人の事を言える立場ではないはずのジェイドは内心で嘆息する。

「おやおや久しぶりですねえ。おかげで仕事がこちらに回ってきましたよ」
「勘弁してくれよ旦那。こっちだって外交の件終わってないんだ」

 あちらも気づいていたらしくゆっくりと近づきつつ頭をかいて困惑顔を向ける。終わってないといわれてももうずいぶん前にグランコクマを発ったはずなのだが。余裕のある動作がどうにも反省と結びつかず結びついたとしてもきっと言っていた指摘をジェイドは喉から押し出した。

「アニスが遅いからでしょう。私の所為ではありませんよ」

 結局口からわざとらしい嘆息が出てきてジェイドはそれと一緒に肩をすくめて呆れたポーズをとって見せた。だいたいガイだけならそこまで苦戦することもないだろうからアニスの溜まった仕事やらなんやらを待っているうちに遅くなったのだろう。アニスが親切にアッシュ関連についての報告を伝書鳩で送りつけられたときはまだバチカルでのうのうと過ごしていたらしいことが滑る文字の中にありありと書かれていたから滞在中時の仕事が溜まっていてもなんらおかしくない。自業自得だ。

「で、何か進展あったか?」
「何のことですか?」

 いつもの胡散臭い笑みを見せてジェイドは顔色変えずに適当なごまかしをいれる。いつもそんな表情しかしていなかったためかその笑いが自分の中に定着していて他の微笑み方を忘れたらしく胡散臭いやらなんやら以前にそれしかできないと彼らの誰かが知ったら面白い反応が返ってきそうだ。むしろ納得して「旦那らしい」といわれるのがオチかもしれない。まあ元から表情豊かな方ではなかったから別にあまり変わらない気がするが。
 ジェイドの笑いにガイも吊られたのか軽い声が返ってくるだけでやはり相手も何かをごまかしているように思えてならない。嘘を嘘が重なり合って出来たような、掠れ際の両端に自分達がいるような気がした。ジェイドは一年ほど前に感じた違和感は間違いではないことを肌で感じる。多分気づかれている。そして確信されている。
 何でこんなところであってしまったのだろうとなんとなく遠くの空を眺めてみる。青々しい能天気な色が広がっているのを色覚で理解しなぜかそれで答えが見つかってただそろそろ彼らがやってくると届いた伝書鳩に書いてあったので王宮から出てきただけだった。至極簡単な答えにどうしたものかとジェイドは組んでいた手を一旦離してもう一度上下を変えて組みなおす。それでは彼らが来るまでここで待っていなくてはならない。そう面倒な雲行きになってきた時見えてきた特徴的な色にようやく話が進みそうだと息をついて、けれど大して伝えられる情報のない事を思い出しまた面倒くささが溢れてくる。今日はなんだか上がったり下がったりの多い日だ。

「――ガイっ? お久しぶりですわね」

 まあ、と高い声で名を呼ばれたガイは一度眼を見開きすぐに声の出所を探す。ガイから見れば後ろ、ジェイドから見れば真正面からなので先に視界に入ったジェイドが知らせてあげる方が親切だったのだが残念ながらそんな気遣いをする気にもなれなかったのでそのままガイと今来た二人組の反応を楽しみに見ていた。

「ナタリア――アッシュ」
「……久しぶり」
「やれやれ、遅刻気味ですよー」

 アッシュとガイの間に軽く気まずそうな空気が滲んできたのでジェイドはすかさずそれを一蹴する。出来れば自分の前ではそんな微妙な距離は気が乗っているとき以外作らないで欲しい。面倒な時は近いか遠いかの二択が見ていても一番楽だ。

「半分くらいお前の所為だぞちゃんと説明しとけメガネ」

 そんな冗談じみたものを律儀に受け取ってアッシュはジェイドに軽く眼を飛ばした。大方説明不足でナタリアは来たくなかったのだろう。申し訳なさそうに顔を俯けるナタリアを見て「嫌われちゃいましたかねえ」と適当に言ってみるとアッシュから手加減のない罵声が飛んだ。
 そんな戯言を交わしながらゆるゆると小柄な鳩が飛んできてジェイドの前に下りてきた。腕を曲げて差し出すとちょこんと遠慮なく乗りそのまま瞳をくるくる回す。ジェイドは慣れた手つきで足についた手紙をはずし片手で開いて眼を落とし綴られた文面に眉を顰める。

「久しぶり……って皆揃って何してんの?」

 手紙を真剣に読んでいるとそんな明るい声がまた前から飛んできて何で今日はこんなに来訪者が多いのだろうと嘆息する。ナタリアとアニスの短い挨拶が聞こえた数秒後にアニスから伝書鳩の指摘が投げられた。

「ティアが、アルビオールで脱走したらしいです」
「はっ?」

 素っ頓狂な声が口々に舞い近くにいた兵士がびくりと肩を震わせるのが視界の端に入ったがジェイドは気にせず、仲間達にもう少し分かりやすく用件を説明する。

「私達の元にくるだろうとの思索らしいですが、皆さん見かけましたか?」

 各々まばらな速度で首を振りお互い眼を見合わせた。何でティアが誰にも何も告げずに外に出て行くのだろうと瞳が言っている。

「探さないとっ」

 奇妙な無言を破りとりあえずいってみた的な感じで勢い込んでアニスはおーと腕を天に刺す。別にティアが心配ではない訳ではないのだろうが多分沈黙を長引かせると他がしゃべりだしにくいだろうという心遣いもあったのだろう。こういうとき彼女がいてくれると勝手に話を推し進めてくれるので大変楽だ。

「どこから?」
「まず、」
「俺はバチカルに行くが」
「え?」

 小さく声を上げアニスはアッシュを見て目を丸くした。あえてここで彼から声が飛ぶことに驚いたらしい。

「成人の儀。もし間に合わないようなら止めた方がいいだろ」

 一人足りないんだからと嘆息するアッシュを見てジェイドは一度瞬きをした。あんなに屑だレプリカだとその足りないもう一人をけなしていた当事者がそこまで言うに成長したとは。ここへ還ってくるまでの間ルークといたらしい彼の心の動きに素直に感心した。
 ほら、ここまで人の心を揺るがせる。あなたはこの世界に望まれて生まれたのだから一人では無理だったら誰かの手を借りて引っ張りあげてもらいなさい。

「でも――」
「還ってくるといっていた。なら、来るまで待ってやるのが俺の仕事だろ」

 ナタリアの曖昧な否定が入る前にアッシュが遠慮なく声を被せる。強制というより一つの意思。元から志の高かった人間だからそういう時は強気になれば押し切れるタイプだ。

「大丈夫ナタリア。きっとまだ、ね?」

 アニスはぽんぽんとすこしつま先立ちをしながらナタリアの背中を軽く叩いた。それで少しナタリアも落ち着いたらしくそうですわねとアニスに笑いかけて真直ぐ前を向く。

「後お前らあいつを信じるなら、間違っても見つけるまで成人の儀に来るなよ。一人でも来たらお前ら全員ろくでなしだ。ついでに俺が儀の進行を止められなかったと思っていたとして、一生それを盾にこき使ってやる」
「もっちろん。いくわけないじゃん? ていうか燃やしちゃったしー」

 子どもっぽい言い草にアニスは親指を立てて威勢良くそんな事を堂々と告げた。言葉にはっといい度胸だとアッシュは哂い、一瞬ジェイドをちらりと見てまた眼を反らす。その行動に意味があるのかジェイドは推測しか出来なかったがそれだけで充分だった。アッシュにも気づかれている、か。

「そんでもってアニスちゃんはトクナガが復活するまで待たないといけないから、しばらくここで足止めー」

 肩をすくめてアニスはまったく残念そうに見えない嘆きをばら撒いた。口ぶりから察するにディストが何かしているらしいことが伺える。また余計な事をやらかしていなければいいのだが。

「俺はアニスと行動する。単独禁止、な」

 勝手に軽く決め付けながらガイがアニスの隣に移動し、移動されたアニスは少し意外に眼を見開きながらにっこりと笑った。

「ではアッシュと一緒に一端バチカルへ戻って確認してきます」
「おい、メガネもそっちだ」
「おやおやご命令ですか」

 ある程度予測していたことなので口を挟まずに成り行き任せにしていたが、やはりそういう展開らしいとジェイドは軽く言い返す。ナタリアは少し視線を下にずらしたが気にしないことにする。

「帰ってもしまだ逃亡してたら、お前がナタリア守れよ」
「しょうがないですねえ」

 次にくると思っていた言葉をそのままそっくり言い渡されジェイドはいつものように飄々と言ってのけた。それが自分のすべきことというわけではないがたまにはそんなのも面白いだろう。ナタリアは一度アッシュにすがるような眼を向けて大丈夫だと優しく頭を撫でられてほっとしたような息を吐いた。そこまで恐れられているのだろうか。アッシュが変な事を吹き込んだのかはたまた天然的なものなのか。
 じゃあ、とアニスとガイがばらけて残った者でとりあえず港に向かうことに決定した。早々に向かうらしくジェイドの為に用意の時間すらとってはくれないらしい。それでもジェイドには必要のないもので別に構わなかったが。何せその手のことが緊急であった場合のための荷が港の方に送られているから。

「――還ってこなかったら殴ってやれ。あれほど還りたいと望んでいたんだからな」

 ぼそりとナタリアには聞こえない位の中途半端に抑えられた声でアッシュに耳打ちされジェイドは苦笑した。死者をどう殴れというのか。無茶を言われても困るのだが。けれどジェイドはそれに関することは何も言い返さず、「今日はいい天気ですねー」と事実でもそんな風に思ってもいないまったく関係のない事を呟いた。





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[2012/08/25 - 再録]