届かない、浮かんでる。どんなに手を伸ばしても手の長さしか上がらずその手さえ透け入って本当に手なのかわからない位に世界の一部になっていた。亡くなりそうになった記憶がもう一度戻ってきたとき、ルークは本当にこれは自分の記憶なのかとまず疑った。
 前は記憶喪失とか謳いつつただ空っぽだっただけの世話焼きを起こしていたので、今度は逆パターンで記憶がねじ込まれたのかと珍しく推測してみた事が発端。その後すぐにそんな事を覚えて疑っているのは間違いなく自分なのだからやっぱりこれは自分の記憶で抜けかけが道を見失わずに帰ってきたのだと自己完結する。
 堂々巡りの思考回路にどっか抜け穴があれば別の道に乗れるのにと訳の分からない事を思いながら、ルークはそのまま漂う体を起こすことも出来ず死体が海に飲み込まれていくような感覚で漂っていた。まったくもって不思議だが体はないはずなのに、ちゃんと記憶にこびり付いているせいかちゃんとここにあると錯覚させられている。ないのにある、あるのにない。まるで自分達を表しているようで変な感じだな、アッシュと声を投げようとしたが受け止めてくれる相手はもう光のどこかへ進み入ったらしく薄情にもルークを置いて先に行ってしまった。それでも約束は取り付けられて絶対に帰ってくると無茶な事を言ったことを、ルークは冷静でその実優しい少女にも同じ言を交わしたのを思い出し二重に後悔する。本当に無茶だ、何言ってんだろ俺。
 前とはまた違った無の中、ルークはほわほわ沈んでいた。浮かばずに浮かんでいる矛盾の空間の中で自分も矛盾した存在なんじゃないかとも思ったがルークはどう転んでも足を引っ張っていて足を支えていたルークで結局は自分だった。どうにもこの空間にいると小難しい事を考えなければいけない宿命らしく段々疲れてくる。頭を使うことはルークの仕事ではなく大概が仲間達に頼りきりだったからここに来て頭痛にうなされるのも覚えているだけでも両手に余るほどある。
 つかれたなあと適当に時間の流れに身を任せているとルークは引き寄せられる何かを感じた。肩が頭が引っ張り込まれ久しぶりの違う展開に心音が高鳴るのを感じる。しばらくその引き寄せに従っているとくっきりとした、けれどどのように変わったのか分からない空間に引きずりこまれた。きょろきょろと見回すとその真ん中に佇んでいる長い紅の髪がみえルークは実際にはない眉を顰める。なんだよ帰ってきたのか。っていうかあいつは帰ったんじゃなかったのか。
 うなだれそうになりつつも紅の青年に微妙な違和感にルークは気づいた。まるで何も入っていないような瞳をこちらに向けていてどう転がってもあの気高い青年はあんな瞳を少なくともルークには確実に見せない。
 空っぽ――?
 直感がルークにそう告げていた。多分あれはレプリカだ。俺と同じ、同類の。

「そうだ、空っぽ」

 頭の中に直接響く声が懐かしくルークは一瞬自分の声かと錯覚した。けれどそれは間違いなく抑揚のない目の前の青年の声で話しかけられたことに眼を見開く。
 その瞬間何かが遠慮なく入って風に攫われる髪のような流される感覚がしてルークは慌てる。何か分からないものを掻き分けているうちにこれはどちらかというと吸い込まれているんじゃないかと感づいたその時にはもう自分の透き通った体は見えなくなり変わりに違和感のある体がルークにあった。
 すぐに命を貰っていることに思い至りルークは迫り来る壁にはさまれた気分になった。やめてくれそんな哀しい可能性を前に持ってこないで一人の命を盾にして生き返るなど、だめ。ダメなのに生きたいのに何がいけない生きていることが?

「それでいいんだ」

 喉から出てくる自分の意思とは違う声にルークは泣きそうになった。
 何でそんなに優しいんだお前の魂を喰らいつくしてたくさんの命を奪った俺が生かされてそれでも生きたいと思っている哀れなレプリカを生かしてくれてお前には何が残る。

「何年も狭い水槽の中に閉じ込められて生きる希望のない俺が生きる希望になれるなら、それが俺の幸福だ。お前は憧れだ。多くの人から生きて欲しいと願われた希望のレプリカ。そして俺のオリジナル。だから、どうか」

 解けていくもうなにを言っても始まりは伸びない。なんとなく分かった。直感のようで確信めいた、不思議な感覚だけれど。俺はこいつと一つになるんだ。

「なら、俺にお前の名前をつけさせてくれ。生きていた証に。この光の名前は貰いものだからあげられないけれど」

 その時見えもしないのに小さくレプリカのレプリカは笑ったような気がしてルークはほっと息をつく。閉じ込められていたといっていたけれど笑うことは出来るんだ。それならちゃんとここにいて生きていたのと同じだ。俺と同じ、皆とも大地に息づく人間たちとも。

「じゃあ、お前は――」





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[2012/08/25 - 再録]