「おっかえりー早かったねえ」

 にこにこ笑いでいち早くルークとティアを出迎えたアニスはこっちこっちと手招きをして仲間達の前に躍り出る。軽いステップを踏んで回る少女は年相応とルークは思い込みそうになったがそういえば二年ほど年月は廻っているらしい事を思い出して逆に幼い子どもを見ているようだった。それに勘よく気づいたのか「なによう」とふくれっつらをして見せるアニスはやっぱり子どもみたいだと感じるだけで二年たっても充分まだ子どもの域をでない年齢だということにルークは気づかない。

「明日すぐにアルビオールで発ちます。良かったですねえ、ティアがノエルと行動していて、探すのは困難でしたが帰りは楽ですよー」

 そのやり取りに見飽きたのかなんなのかでジェイドが適当に言い返しを防いだ。多分それは意図がありまくりでわざとしたに違いない。そんな人間だ、彼は。いつでもどこか丁度いいとき絶妙なタイミングで物事を止めてくれたり急かしたりしてくれる。それにどれだけ仲間が助けられたかきっと彼自身は知らないだろう。なにせ嫌味な大人を演じている身だったから。
 ともかく一番最初はバチカルに向かってくれるらしい。元気な顔を父上や母上たちに見せて成人の儀を執り行わなければならないからだとナタリアが補足を入れてくれた。

「ああー、やっぱり行かなきゃダメ? 堅苦しいのは勘弁」
「まあ、アッシュがわざわざ先延ばしにしてくださってますのに」

 成功してたらですけどねーとジェイドの横槍が飛んでアニスがこき使われちゃいますよおと冗談ぽく笑う。手加減のある会話が何よりあの二人らしくてすごく懐かしかった。本当にしばらくあっていなかったのだと自覚させられて悪い事したなあでも今回ばかりは俺の所為って言われても困るしなどと一人言い訳を並べ立てる。

「お、本当に還ってきてるのか? 信じらんねー」

 必死に並べ立てた割にはけっこう言っても意味のないことだったので結局内心だけで処理されまったく別の事を口走る。あいつはちゃんと還ってきていたんだ。顔をあわせた途端どやされること確実だと実に分かりやすい先の出来事にルークは一人苦笑する。

「ほらほら早く休め。朝は早いぞ」

 ガイが苦笑しつつ就寝を催促し始める。以前とまったく変わらない役割とやり取りに実は時間などまったく流れていなくてただその演劇をやっているような気分だったがまだ表情が上手く出せないといってる割には前とそんなに変わらない微笑みを浮かべているティアの腕に抱え込まれた日記の黄ばみようにやっぱり時は確実にはっきりとした区切りをつけずに曖昧に流れている事を理解した。




 寝静まってもルークは結局寝るという概念がなんとなくしっくりこなくてうんうん唸りながら時間を適当に流していた。久しぶりに体があると思える感覚自体が懐かしすぎてもはやあることに不安を感じるほどで更にそんな疲れて寝ようと思える運動はした覚えがない。要するにただ昼寝をしすぎた子どものように夜眠れなくなったとかそんな感じだ。多分この微妙な違和感もそれに重なって作用しているだけ、だと思う。眠れない夜など眠った後から体験することが常だったから最初から眼がパッチリ開いているこの状況にそわそわする。挙動不審になっていてもし仲間達に見られていたら変な冗談をぼそりといわれるか笑って子どもだなあと呟かれるかのどちらかだろうと容易に予想できた。
 せめて何かやることがあれば時間を有意義に活用できるのだがあいにく持っているものといえば一本の鍵となる剣だけでそれから思いつく遊びなどない。すぐに発想が遊びに向く自分はやっぱり子どもっぽいのかと首を傾げ、傾げた時に眼に入った少し距離を置いた所の軍人服で一つだけ伝えたいことがあった事を今更思い出した。ティアに告げる言葉の次に大切な、一つのお礼。

「……ジェイド?」

 さすがにこんな深い夜の中で明るい場違いな声で呼ぶのは迷惑だろうと気を遣った結果かなりおずおずとした感じで呼ぶことになった。ゆっくり近づくルークに呼ばれる前から気づいていたのかさほど驚くことなく眼を通していた小難しいどころか普通に解読不能そうな本を閉じ腰を降ろしたままルークを仰ぐ。

「おや、まだ寝てませんでしたか、悪い子ですねえ」

 いわれるかもしれないと思っていたがまさか本当にいわれるとは願っていなくルークはあははと乾いた笑いを控えめに零した。ジェイドの向かいに座り込み胡坐をかいてすぐ用件に映る。あまり長く御託を重ねていると揚げ足を取られそうだ。

「ありがとな。ジェイドのおかげで還ってこれた」
「なんのことですか?」

 一人分の命を喰らって、だけどなと続けようとしたら先にジェイドが白々しくごまかそうとしてそれがきっと小さな優しさなんだなとルークは思った。あまりにもその応対がジェイドらしくて苦笑しつつ「知ってるから」と前置きしてルークは本当に知っている事を知らしめるために彼の存在を口に出す。

「レプリカのレプリカ。あいつから聞いたよ」

 彼から貰った自分の体を指差しルークは思いのほか寂しい笑いを漏らしたのにぎょっとした。何でこんなにも哀しいような笑みがでてきたのだろう。今ここにいられることが今までの罪を洗い流せる時が訪れた時くらいに嬉しいことのはずなのに。

「……本当に成功するとは思いませんでしたよ。貴方のレプリカが脱走したときからもしかしたらとは期待していましたが」

 そんな弱気な発言がよりによってジェイドから聞くはめになるとは夢にも思わずルークは眼を見開く。失礼とかそういう問題はおいといて彼は悪魔をも消し炭にしそうなくらいの技量と頭脳を併せ持っている人間だと思っていたから。どんな困難でも済ました顔で乗り越えるような、飄々とした感じ。

「やはりあなたはスコアに縛られていない希望でしたか。末恐ろしいですね」
「そんな末恐ろしいのを作ったのはジェイドだろ」

 肩を竦められて呟かれた言葉にむずかゆくなったり失礼だなと拗ねたりしつつルークは考えないで口に出すその場の言い返しを普通に投げた。なかなかいい返答だとルークは自分の小さな頭の回転に満足する。

「勘違いしないでください。実際にスコアから外れた行動を取ったのはヴァンです。私のした事はおそらくスコアに詠まれていたでしょうね」

 ホドを消滅させることはスコアにも載っていましたからねえ。
 まるで全ての人生の結末を知っているかのような口ぶりにルークは一瞬たじろいでから真剣に一言呟いた。

「……謙遜?」
「私は謙虚ですからねえ」

 またそんな戯言を交わしてルークは今度こそそんな言葉は言うまいと妙な誓いをたてる。言っても適当に流されるだけで微妙な惨め間にさいなまれるのは自分だ。

「ルーク自身の力ですよ、これは。皆さんに、もう一人の自分に感謝なさい」

 それはもう親のような言葉でルークは小さく笑って頷きあまり長居すると嫌味が飛びそうなのでじゃあと適当な終着を告げ即座に元の位置に戻って寝た振りをした。





/ /




[2012/08/25 - 再録]